ピアノの森(音楽アニメ)

TVアニメ「ピアノの森」の第2シリーズが先月から放送されているが、この新しい表現のアニメが面白い。
ピアノの森(音楽アニメ)
原作は漫画、1998年から2015年(途中休載)にモーニングに掲載された一色まことの作品。あらすじは、
主人公の一之瀬海(カイ)は、「森の端」に捨てられたピアノをおもちゃ代わりにして育ってきた。ある日、カイが通う小学校に転校生として、世界的なピアニストが父の雨宮修平がやってくる。雨宮は、カイが森でピアノを弾いているところを見て驚き、そのことを小学校の音楽教師であった阿字野壮介に伝える。かつて天才ピアニストであった阿字野はカイの才能に気付き、弟子として迎える。雨宮や阿字野と出会ったカイはピアニストとしての才能を開花させていき、やがてショパン・コンクールで世界に挑戦する。

という内容。2007年にアニメ映画が作られ、昨年からNHKがTVアニメとして放送している。
公式サイト

このアニメは普通のアニメとは少し異なり、『音楽アニメ』という特性を持っている。作中の音楽シーンが長く、アニメでありながら音楽を聴け、その音楽と映像によって感動してしまうのだ。
また音楽も良いがストーリーも素晴らしく、クラシック音楽についてわかりやすく説明している点や、現在のクラシックや音楽についての問題提起をしている点に共感し魅了された。
音楽とは何なのか?何のために音を奏でるのか?音楽の必要性について考えることはとても大切だ。

クラシックとはどんな音楽なのか?

クラシック音楽の歴史を読むと文化として完結しているのが解る。時代と社会によって纏まりそして昇華され、そこから個性(芸術性)を求め、大衆性から遠ざかっていった。
中世から19世紀にかけて完成された曲にそれ以上は存在しない、現在の多文化社会ではこの音楽を超えることはできないだろう。
繁栄期の音楽を「クラシック音楽(Classical Music)」と名付け、以降の音楽と区別し、それらの名曲を残していく『伝統文化を守る』事が現在の音楽活動の意義となっているようだ。

私がクラシックを退屈に感じてしまうのは、この保守的な考えがある。
しつこいくらいに流れる同じ楽曲、昭和のヒット曲がテレビで流れるのと同じ「またこれか」という感覚、懐古するよりも興奮するような新しい感覚を得たいのに。
解釈・表現・演奏方法も形式ばっていて息苦しく感じる。それが継承というものなのかもしれないが、こうでなければならないという制約なら、機械にやらせた方が的確だし、細かな技術的な違いは素人には同じに聴こえてしまう。
また、クラシックは長過ぎる。手軽に短時間で楽しめるものが受け入れられ、冗長したものは嫌がられる昨今。音楽を聴かなくても満たしてくれる代わりの物がいくらでもあり、無料であっても聴かない人が居る時代には受けが悪い。

ドキュメントやニュースの音楽家の苦悩なんかもマイナスのイメージを持ってしまう。
高い授業料を払っても就職先の無い音楽大学。しかし、音大卒でなくても素晴らしい音楽家は多く存在するし、表現力を磨くなら音楽以外の学問を学ぶという選択肢もある(哲学やデザインなど)。それでもこぞって音大を目指すのは宗教的な洗脳が行われているようにも見えてしまう。
クラシックを伝統文化と考えれば、正しく継承する為に学が必要なのは解るのだが、そんな窮屈な環境で楽しいのか、音楽ってもっと楽しいものではないのだろうか?

ピアノの森


上記の通りクラシックに対して否定的な見方をしていたが、このアニメを見てクラシックの見方が変わった。アニメを感じた事それは、

①演奏について

幼少期の主人公が森のピアノを弾いているシーンが特に印象的で、ピアノの音と森というシチュエーションが美しく、心に響いた。

ドビュッシー「月の光」

楽譜通りに弾いてもこんな音にはならない、世界観を想い演奏する、表現力の追求がクラシックの特徴であることを知った。上手なピアノと芸術的なピアノには雲泥の差があり、技術力と表現力、クラシックに真摯に向き合い努力しなければ、この音は奏でることはできない。
だからこそ学校に通い師に学ぶ、音大がなければクオリティは下がってしまうだろう。個性よりも基礎と基準を重んじるから方向性を見失わず追求できる、どんなに才能があっても独学では限界がある。

②自己追求と競争

形式を作ることはデメリットもある。人と学べば他人を意識するようになり、コンクールがあれば競い合い、世間の評価を気にするようになる。
この漫画は『自己追求と競争』について描かれていて、主人公は純粋に音楽を求め、準主人公は勝ち負けに拘る。ライバルがいるから成長するのは間違っていないが、競争は方法であって目的にはならない。
主人公の『人に聴かせたい』という演奏者としての考え、「美しいメロディを観客に聴かたい」それは当たり前のようで、それを見失ってしまう事もある。生活しなければならないし、世間の評判も気にしてしまうし、そんな中で純粋さを保つのは難しい。
しかし、それは演奏者(作曲者)に必要な核であり、それがなければ人間が演奏する意味はなくなってしまう。

形だけの芸術、難解な芸術、強烈に伝わってくる芸術にはそれぞれ表現者の意識の違いがある。ありきたりであっても、前衛的であっても感情を揺さぶる作品には伝えたいという表現者の意識があり、そういった作品は様式やジャンルを問わず多くの人を感動させる。
余談だが、クラシックに限らず、アンダーグラウンドの「メジャーでなくて良い、我が道を行く」というスタンスやコメントが私は嫌いだ。内輪の自己満足で本当に満たされているのだろうか?より多くの人に見て聴いてもらいたいという意識がなければ、成長しないし惰性はいずれ後悔を生み出す。

商業主義にならず、芸術的表現をするメジャーアーティストも実在するし、芸術とは『表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動(wiki)』と自分本位のものではないのだ。

③形式と存続

このアニメは現状クラシックの負の部分も描かれている。
これもクラシックに限ったことではないが、形式を重んじるから異端を排除する傾向があり、自分の理解を超える素晴らしいものを素直に認められない風習は社会全体に存在する。一人の天才よりも多くの秀才や凡人を大切にする、発展よりも保守を選ぶのは永続的運用(文化)を守る事や自己保身のためだ。

保守に関しては気持ちは理解出来るが、消滅したらそれは仕方がないと思う。生物多様性や自然環境の保全も同じ、政治にしても保身ばかりで100年後の未来なんて誰も憂いていない。
ダメな時はダメだし、無くなっても新しいものが生まれる、多くを残せばそれだけ多様化し新しいものの障害になるだけ。それよりも、新しものをどんどん取り込んで成長すればよい。本当に必要な文化は何もしなくても残るし、一過性の文化はそれだけの価値というだけ、それ自体が無意味ということはなく実験が積み重なって新しい文化が生まれる。
アニメの話だと文化の発展と鑑賞者を度外視する組織は有害な存在に感じた。

組織団体と言えば、JASRACは消滅して欲しい。音楽教室はそれを使って利益を生み出しているからなんとも言えないが、BGMとして流しているサービス店舗に請求するのは間違っている、BGMと売上は全く関連性がなく、それが気に入って購入すれば広告として逆に貰う立場なのに。目先のことばかり考え、音楽が衰退し、いずれ収益がなくなってもその時は自分に関係ないという利己的な考えは腹立たしい。

④聴き方について

コンクールで45分間演奏するシーンがあったが、曲の構成や長い理由、そして聴き方も少し理解できた。
長いからなのかサビの部分が印象的に聴こえてしまうが、構成や曲のサビまでの表現の方が重要だったりする。起承転結の結だけを知る、情報量の多い現代社会では簡素化して結論だけを知りたがる特徴があるが、これでは表面しかわからずストーリーや世界観は見えにくい。

⑤表現について

繊細な演奏はストーリーの演出、美しく印象に残る文章表現にも似ている。
ショパンコンクールの予選に落ちた有名ピアニストを養護するメディアが、審査員に対して「あなた方はショパンを実際に聴いたことがあるのか」と問いかけたシーンが印象的だった。
もしそれを聴いたとして模倣するのが正しい演奏法なのか?例え実際に聴いていたとしても、同じ人生や境遇でもなければ、その個人の心情は完全に理解することはできない。
全く異なる文化の時代に、ポーランドでもない世界各国のピアニスト達が表現し優劣を争う。基礎的な技術やミス以外にどのような基準で審査が行われているのか、上位ともなると審査員の主観的判断が反映され、審査に対する不満も多く残るのではないだろうか。
それにしても審査員も大変だ、長い演奏と似た曲をひたすら聴き続ける行為は私なら苦痛を感じる。

⑥環境について

学校などのレッスン料、楽器や音響設備、海外留学やコンクール費用と音楽家になるには金がかかる。主人公は貧乏な家庭に生まれ、幸運にもスポンサーに巡り会えたが、これは漫画であって、実際には生まれた環境で大きく左右される。
クラシックにおける逸材とはどの様な人なのか?形式を重んじ決められたカリキュラムが必須となり、それがくだらないと思う人はそこで脱線してしまう、その中に革命を起こすような天才が埋もれているかもしれないのに。
コンテストや留学も本当に必要なのかはわからない、音楽家になるためのレールを敷き、皆が同じ方向に進んでいく。結果や周囲の期待よりも、のびのびと学ばせ、興味をもたせた方が表現力や創造性は培われる気がする。

⑦アニメについて

タイトルにも使われている『森』、この情景がなければそこまで興味を持つことはなかったと思う。心地よいピアノの音は山歩きを想起させた、ゆったりと柔らかいタッチをする指は地面を踏みしめる足にも見えた、共感できる点があったからこのアニメの世界観に魅力を感じた。クラシックを題材としたアニメ・漫画・ドラマは「のだめカンタービレ」など他にもあるが、見たこともないし特に見たいとは思わない。

音は良いが作画は今ひとつの様な気がする。映画の作画は良かったが、TVアニメはキャラの表情がイマイチ、青年期の主人公の正装姿がホストに見てしまうのは私だけだろうか?
あと、ピアノを弾いているシーンで機械的な動きをしているのが違和感があった(モーションキャプチャーかな)。

演奏はプロの人が行っていいるようで、普段クラシックを聴かないから違いはよくわからないが、聴き入る魅力がある。


クラシックの聴き方について学べる「森のピアノ」、めちゃくちゃ面白いので是非見てみて下さい。現在は第2シリーズなので、第1シリーズからか映画版アニメが見るのが良いでしょう。個人的には幼少期の冒頭、森のピアノのシーンが一番感動しました。

アンビエントとクラシック


このアニメを見てクラッシックに興味を持ったり、主人公のようなピアニストを目指す子供もいると思う。私もそんな一人、全般というよりは特定の曲、ピアノの曲はチルアウトやクラッシクアンビエント(ポストクラシカル)などで好んで聴いていて、それに近しい古いクラシックの曲はもっと聴いてみたいと思うようになった。
演奏はオーケストラには興味がなく、ソリストかソローパートの多い曲が聴きたい。一つの音に耳を傾け、個別の楽器の音色や演奏方法を知っていけば、そのうちオーケストラの良さもわかるのかもしれない。

専門的な事はわからないが、クラシック音楽と現代音楽の違いは楽譜と演奏方法ではないだろうか。
現代音楽の音はほぼ固定されるが、クラシックは演奏者によって音が変動する。曲の解釈や表現方法を楽しむという点ではクラシックの方が魅力的だし、単純に曲のクオリティもクラシックの方が断然高い。
それとストーリー性に関してもクラシックは優れている。
クラシックは癒やしの曲もあれば激しい曲やアップテンポな曲もあり、それらを組み合わせて一つの作品としている。ロック、ポップ、ダンスミュージックでもストーリー性のあるアルバムや長編の曲が多く存在するが、規範に則り洗練されたクラシックの歴史が一人のアーティストの作品より劣ることはあり得ない。テーマを設け様々なアーティストの曲を組み合わせてmixやコンピレーションアルバムを作ったとしても、それは世界観がバラバラのオムニバス作品に過ぎない。

アンビエントとクラシックの違いは、上記の音の表現とストーリー性となるが、私にとってその違いはあまり重要ではない。
音の表現は、音の強弱や旋律で思う浮かぶ世界観に違いはあるが、一つの楽曲に一つの世界観、別の世界観を味わいたければ別の楽曲を聴けばいい。ストーリー性に関しては、私は関連性が高い曲を聞き続けると飽きてしまうから、切り替わるほうが気持ちよく聴ける(長い曲を好まないのもその理由)。

とは言え、表現方法の違いには興味がある。例えば自分が好きなアンビエントの曲を、熟達な演奏者が奏でるとどんな気分になれるのか?多分、いつもより多くの涙を流しそれを何度も聴いてしまいそうだ。

ポスト・クラシカル / アンビエント




音楽は自由に

クラシックを文化として楽しむのも一つの方法だが、様式や歴史には興味はないし、音楽を理屈で聴きたくない。誰が作ったではなく、作品が何を与えてくれるかが重要だ。

音楽は自由であり、表現者も鑑賞者も自由に気楽に楽しめばよい。
高価な楽器で無くても人を魅了する音を奏でる人も居る、技術はさておき「人に喜んでもらいたい」という意識、それを純粋な気落ちで受け止める意識、そういう関係が望ましい。

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